葬式のその後
去年の10月、唯一の肉親である姉が亡くなりました。

その亡くなり方が、普通と違ったことは前回報告しました

今回は、その後の展開を報告します。

人が一人亡くなることが、これほど大変な事とは思いませんでした。

長い文章ですが、人は必ず通る道なので

参考になれば幸いです。





葬儀が終わり、荼毘に付したその足で姉のマンションへ向かう。

部屋に入って驚いた。

物が多過ぎて、足の踏み場もない。

体を横にして進む。

世に言う、ごみ屋敷とは違って、ごみはごみ箱、洗濯ものは洗濯かごに!

どうやら、捨てられない症候群だったようだ。

一体、どこで食事をし、どこで寝てたんだろうか?

思えば、長年病気がちで入退院を繰り返したので

こうなったんだろうな?




さあ、先ずは携帯を探して親戚や友人に連絡しなくては。

しかし、雑然とした部屋の中のどこを探せばいいのか

見当もつかない。

バイブにしてない事を祈りながら

姉の携帯に電話をした。

弱い着信音が聞こえる。

姉は携帯を忘れて、旅行に出かけたんだ。

それ程、体が弱ってたんだろうか?

日が落ちはじめ、福岡へ帰る時間が迫った来た。

預金通帳などの重要書類は後日探すことにして

郵便物を福岡に転送してもらう手続きを先に済ませた。



2~3日すると、福岡の我が家にちょっとした変化が!

それは、今までに見た事もないような量の郵便物が届き始めたのだ。

そのほとんどが、ダイレクトメールと1~2千円の小口の請求書。

恐らく、勧められるままにクレジットカードを作っていたようで

色んな会社から請求書が届く。

一体どれだけの未決済請求が有るのか恐ろしくなった。

そこで、日を改めて姉のマンションの再捜索に向かった。

見つかったのは、使い終わった古い長崎の銀行預金通帳だけ。

でも、普通に生活してたら銀行に預金が有るはずだ。

たまたま、銀行のOBがいたので聞いてみると

『死亡したことを証明する除籍謄本と、あなたと姉さんの
 関係を証明する戸籍謄本持っていけばすぐ済むよ。』

長崎の銀行は、十八銀行か親和銀行。

幸い、両銀行とも西新にあるので行ってきた。

『姉が亡くなりましたので、残高を確認したいのです。』
『それは、これだけの書類では足りません。
 お姉さまの生まれてから亡くなるまでの戸籍が必要です。
 それと、お姉さまの口座を凍結いたします。』

と出直し決定。

そこからが、大変な道のりが続くとは思っても見なかった。




長崎の市役所へ定額小為替を同封して戸籍謄本を請求した。

送られてきた戸籍謄本には、
「○○年に、佐世保から長崎に転入されてるので
 それ以降は佐世保市役所に問い合わせ下さい。」
と言うメモ書きが添えられていた。

え!姉は佐世保に住んでたんだ、知らなかったな!

再度、書類をそろえて銀行へ向かった。

それを見た銀行員の表情が曇ってきた。

『お姉さまは、養女だったんですね。』
『はい、両親共に再婚で姉は母の連れ子と聞いてます。』
『え!お父様も再婚ですか、そりゃかなり大変ですよ。
 相続は甥姪まで及びますので、その全ての謄本が必要です。』
『でも、先程お聞きした預金残高ぐらいの金額でも
 そこまでしないといけないんですか?』
『金額の大小は関係ありません。それより後で
 相続の権利を持った人が現れて問題になる方が大変なんです。』



それから、気の遠くなるような毎日が続いた。

先ず、母は鹿児島の生れで、佐世保で結婚し

協議離婚の末、長崎市外から再度の結婚で長崎市に移った。

母の前夫の息子は、その後大阪に移り結婚。

全く初耳の事ばかり!

母の方だけで4ヵ所の役所、前夫で2ヵ所の役所

に謄本を請求。

そして、送られて来る謄本には戦争が色濃く迫ってくる。

数通の謄本には、空襲で資料が焼けたことの証明が添付されていた。


父は、愛媛から長崎に移って、前妻と結婚。

こちらも、3ヵ所の役所に請求。

これは、父から聞いていたが

父の子供と前妻の10人全てが、昭和20年8月9日の

あの日に亡くなっていた。

原爆がいかに恐ろしい兵器だったかを、改めて知らされた。




初めての相続の体験、こんなに大変だとは思わなかった。

親が再婚されたところや、転勤族の一家は

イザという時に大変だろう。

なので、高齢の方は公証人役場で遺言を作った方が

残された親族に迷惑かけないのだろうな。

また、若い人は帰省する度に雑談の中で

親の過去を聞いておくべきだなと感じさせられた。

皆さんも、いつかは必ず直面する事なので

参考になれば幸いだ。


長い文章を最後までお付き合い頂き有難うございました。



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コメント
相続の件
イナッキー様
一年半の福岡在住時から参考にさせております。

お姉様の件、色々大変でしたね。

当方も昨年末に実父が無くなり、残った母が相続の件で相当に苦労しています。父自身はややこしくはないのですが、伯父の一人が養子に入ったり、その上の世代でごちゃごちゃがあったらしく、えらく古い時代の戸籍謄本まで必要になったそうです。

自分の世代でも、私と弟の本籍変更の時期が影響し、書類がたくさん必要でした。また弟が海外勤務になるので、印鑑証明が無効になるのもめんどくさいです。

>親の過去を聞いておくべきだなと

まさに同感です。自分の親はまだしも、パートナーの両親の方はどうしたら?といった感じです。

1月末の四十九日の法要の際に、自分関係の書類の写しと、今後必要になるであろう書類の請求先を確認しておきましたが、いざその事態になったら冷静に行動できるかいささか疑問です。

長文失礼しました。
2016/03/08(Tue) 23:12 | URL | はくぶん | 【編集
本当に大変でございました。

お姉さまが亡くなることによって、お父様やお母様の人生を知る。それも何かのご縁でしょうか。

人は一人で生まれて一人で死んでいくと言えども、その過程の中で多くの人達が、まるでうねりのように関わって行きます。

しかも、どんなに立派に生きていたとしても、自分の亡骸を自分で処理をすることはできません。

そんな意味では、私たちは、家族にそして子どもたちに迷惑をかけずに死んでいくことはできませんが、それを少しでも軽減できるように努力していくことは可能かも知れません。

貴重な経験をお聞かせいただき有難うございました。
2016/03/09(Wed) 00:37 | URL | さて | 【編集
はくぶんさん
皆さん同じような大変な思いされてるんですね。
ほんの70年前は戦争で大変な時代だったんで、かなりややっこしいですね。
(自分関係の書類の写し)これが有るとずいぶん違うと思いますよ。
海外勤務で印鑑証明が無効とは知りませんでした。もしかしたら我が家にもそんな事態が訪れるかもしれないので参考になりました。
コメント有難うございました。
2016/03/09(Wed) 09:11 | URL | イナッキー | 【編集
さてさん
コメント有難うございます。
確かに生きてる間にいろいろな人と関わってますので、死後色々な事が発生します。
今回の出来事で痛感させられました。
大変励みになりました。
2016/03/09(Wed) 09:42 | URL | イナッキー | 【編集
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